2007年6月12日火曜日

杉浦日向子 著 隠居の日向ぼっこ」より


踏み台
古い踏み台の裏には、ある年月日が書いてある。それはその家の竣工年で、その筆跡はその建設にたずさわった、ひとりの若い大工さんのものだった。
高いところにある物を取るために踏み台を使う。踏み台は踏み足継ぎ、踏み継ぎともいい、体の延長として機能する道具である。
今は、アルミなどの軽くコンパクトな折り畳み式が主流だが、一昔前は木製の裾広がりの台形の物ばかりだった。
しかも、それは市販されていない。なぜなら踏み台は、元々、新築家屋への大工さんからの置き土産だったからだ。
「四方転び」と呼ばれる四角錐は、普通の箱を作るように簡単ではない。傾斜した四面が、四隅で角をなし、その上部に乗る踏み板にも、傾斜に応じた切込みを要する。そして、たいてい踏み台の前面には、円い穴、扇面などの切込みなどがあるが、鋸(のこぎり)を滑らかに引き回せてこそ、その装飾となる。
踏み台は、若い弟子へ、親方から課せられた腕試しの仕事でもあった。親方はその出来栄えを入念にチェックし、合格すれば、建て主に竣工の記念として献上する。そしてそれは、ひとりの職人の輝かしいデェビューを証明した。
徒弟(とてい)制度は前時代的として退(しりぞ)けられ、マニュアルをそつなくこなせる能力だけが優先されるようになった。どんなに立派な新築でも、マニュアルには踏み台などは含まれていないから、とうぜん買いに行くほかない・・・・・・・・・・。

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