2007年6月16日土曜日

2007/5/26 神戸新聞のコラムより

先日亡くなった元経団連会長の平岩外四さんは財界きっての読書家だった。演出家の浅利慶太さんとの対談で、こんなやりとりをしている。「書籍はどれぐらいお持ちですか」「一万冊と二万冊の間です」◆廊下に積んでいて根太が抜けそうになり補強したが、傾きは変わらずゴルフボールが転がっていく。二十年ほども前の対談だが、亡くなった時は三万冊に達していたという。古今の万巻から教訓を読み取って、実践したところがまたすごかった◆「冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、激せず、騒がず、競わず、随(したが)わず、以(も)って大事をなすべし」。東京電力の社長時代、毎朝、この王陽明の言葉と対面してから出勤した。重大決断を迫られた時は「事いまだ成らず小心翼々、事まさに成らんとす大胆不敵、事すでに成る油断大敵」。こちらは勝海舟である◆無私と無心が平岩さんの心がけだった。経団連の企業献金あっせんを廃止するなどの思い切った改革は、この人でなかったらできなかった。その背景に痛烈な戦場体験があったことは間違いない◆先の大戦で六年半も戦場にいた。最後はニューギニアに送られる。四国ほどの大きさの島の端から端まで行軍して、米軍上陸とともに退却した。マラリアと栄養失調で戦友たちが次々と倒れた。百十七人の部隊が七人になった。「生き残るには自然の運とか摂理といったものがあると思った」◆靖国神社には参拝しなかった。戦場の死を知っていたからだ。 「昭和の教養人」が求め続けたのは「平和」だった。

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